日本三名園 偕楽園日本三名園 偕楽園

KAIRAKUENKI

偕楽園記の読み方

好文亭から梅園に降りる麓に偕楽園の設立趣旨を示した「偕楽園記碑」があります。これは徳川斉昭による隷書・漢文で記されており、斉昭の考えを探る格好の資料です。難しい文章ですので、大まかな意味をわかりやすく解説します。
〔偕樂園記〕
天有日月地有山川曲成萬物而不遺禽獸草木各保其性命者以一陰一陽成其道一寒一暑得其宜也譬諸弓馬焉弓有一張一弛而恒勁馬有一馳一息而恒健弓無一弛則必撓馬無一息則必殪是自然之勢也夫人者萬物之靈而其所以或爲君子或爲小人者何也在其心之存與不存焉耳語曰性相近習相遠習於善則爲君子習於不善則爲小人今以善者言之擴充四端以修其徳優游六藝以勤其業是其習則相遠者也然而其氣稟或不能齊是以屈伸緩急相待而全其性命者與夫萬物何以異哉故存心修徳養其與萬物異者所以率其性而安形怡神養其與萬物同者所以保其命也二者皆中其節可謂善養故曰苟得其養無物不長苟失其養无物不消是亦自然之勢也然則人亦不可無弛息也固也嗚呼孔子之與曽點孟軻之稱夏諺良有以也果繇此道則其弛息而安形怡神將何時而可邪必其吟詠華晨飲醼月夕者學文之餘也放鷹田埜驅獸山谷者講武之暇也余嘗就吾藩跋渉山川周視原野直城西有闓豁之地西望筑峰南臨僊湖凡城南之勝景皆集一瞬之閒遠巒遙峰尺寸千里攅翠疊白四瞻如一而山以發育動植川以馴擾飛潜洵可謂知仁一趣之樂郊也於是藝梅樹數千株以表魁春之地又作二亭曰好文曰一遊非啻以供他日茇愒之所蓋亦欲使國中之人有所優游存養焉國中之人苟體吾心夙夜匪懈既能修其徳又能勤其業時有餘暇也乃親戚相携朋友相伴悠然逍遙于二亭之閒或倡酬詩歌或弄撫管弦或展紙揮毫或坐石點茶或傾瓢樽於花前或投竹竿於湖上唯從意之所適而弛張乃得其宜焉是余與衆同樂之意也因命之曰偕樂園
天保十年歳次己亥夏五月建 景山撰并書及題額

〔偕樂園記〕

天には太陽と月があります。地には山と川があります。このように地上のあらゆる物は陰陽の組み合わせでつくられています。
陰陽によってあらゆる生き物が生活を送っているのです。
弓で言えば、張って緩める。馬で言えば、走って止まる。このような静と動、陰と陽の組み合わせが自然の摂理なのです。
万物の霊長たる人間は、陰陽のバランスを整えることで、聖人君子となることもあれば、つまらない人間になることもあります。これは論語にも書かれている昔からの真理です。
ですから、よい心がけをもって自己研鑽につとめ、武芸文芸、その他の芸能の修行を行い職務に励むことで聖人君子となりましょう。
みんながみんな同じように気質に恵まれているわけではありません。色々な個性があります。
ですから、心穏やかに、人らしくあるために、心身を健康に保つことと、生き物らしく自然に身をゆだねるバランスが大切なのです。
だからこそ人間らしさと自然らしさのバランスを保つことが肝心で、人はまた心身をリラックスすることも必要なのです。
あぁ!。孔子が弟子の曾点の「暇があれば家族と郊外で悠々と遊ぶことが理想である」という意見に同意したことや、孟子に書かれている古代の夏の国のことわざでは、王様が遊べば民にも恩恵があるということを記したことには、実に意味のあることだったのです。
では、心身を休め安楽にし、精神をリラックスさせるのは、いつすればいいのでしょうか?
学問をして余暇ができれば、朝に花の咲くのを歌に詠み、夜に月を愛で酒を飲むのです。武術の修行の余暇には鷹を放って、狩りをするのが良いでしょう。
私はかつて水戸に入った時に、領内を見て回り、城の西側にとても広々とした地を見つけました。西は筑波山を望み、南は千波湖に接しています。城南の景色が一望できる素晴らしいところでした。
遠く山々と白い雲がたなびき、山は木々の緑が集まり動植物をはぐくみ、川は魚や虫をはぐくんでいました。まさに素晴らしい人々の楽園というような場所でした。
ですから、梅の木を数千株植えて、春に先駆ける土地としたのです。好文亭と一遊亭の2つの建物を作りました。自分のためだけでなく、国中の人々がここでリラックスできる場所になってほしいと願ったからです。
国中の人は、私の気持ちを汲んで、常に怠らず、朝から晩までしっかりと自己研鑽をして、お仕事をして、時に暇ができたら、親せきに声をかけたり、お友達と一緒に悠々と2つの建物の間をウォーキングして、気が向いたら音楽を奏でたり、歌を詠んだり、お茶を飲んだり、お酒を飲んだり、釣りをしたり、好きなことをしてリラックスすれば、心身のバランスが整うでしょう。
このようにしてみんなと一緒に楽しめればいいなと思います。ですので、みんなが楽しむ偕楽園と名付けます。